2023.6.7 八幡浜市立愛宕中学校
宮本益光(バリトン)/髙田恵子(ピアノ)/杉浦愛佳(ヴァイオリン)
私の自慢の母校は、故郷の町を一望できる小高い丘の上にある。そこから見る豊後水道に沈む夕日は、この町に暮らす少年少女に美しいものを「美しい」と口にする心を育む。
卒業して35年が過ぎた中学校は、拍子抜けするほど変わっていない。あのときの友だちや、もしかして中学生の時の自分にさえ出会えるのでは…そんな気持ちになった。
今回は鑑賞教室を…とのことで、教員に憧れて音楽の道に進んだ自分としては、これ以上ない機会にワクワクが抑えきれなかった。
私が中学生の頃は、1学年5クラス全15クラスあったが、現在は1学年1クラスということで、各学年1回ずつ、計3回の授業を行った。
今回ゲストとしてお招きしたヴァイオリニストの杉浦愛佳さん、実は私の声楽の生徒でもあり、思いがけず師弟共演となった。ピアニストの髙田恵子さんは、最も私のレパートリーを共有している方で、私の音楽だけでなく感情にも寄り添ってくれる稀有な存在だ。そんな自慢の仲間を連れて母校で演奏できる幸せ。
初めて聴くヴァイオリンの演奏や、シューベルト「魔王」の実演に(しかもいつもの音楽室で)、これ以上ないキラキラした瞳で反応する希望の子たち。あの時の私ならどんな顔して聴いただろう。
大人の階段を登り始めた子どもたちには羞恥心が様々な形で現れるものだが、私が中学生の頃、ウチの校歌は全校生徒が大声を張り上げて歌うものとしてちょっとした名物だった。しかも中学生には易しくない混声四部合唱で。
しかし今は各学年1クラス、かつてのような元気な校歌は聴けないかと思っていたが、私の予想は見事に裏切られた。
愛宕中学校に伝わる伝統、その名も「愛中魂」は見事に生きていて、一緒に演奏する杉浦さんのヴァイオリン、髙田さんのピアノ、そして私の声に嬉々としてついてくる。
35年を経て、私の中の愛中魂が久方ぶりに目を覚ました。亡くなってしまった友だち、先生、忘れていた記憶、過去の自分が抱いていた心、それらを希望の声が射抜く。
導かれたのは、私の方だった。ありがとうって、後輩たち一人ひとりに言いたくなった。